BLを読み解きたい

なんでこんなに好きなのか考えたいだけ

街とその不確かな壁とわたしと村上春樹

 

 

 

"彼の住んでいた世界では、現実と非現実はごく日常に混在していたし、そのような情景を見えるがままに書いていただけじゃないのかな"

 

ガルシアマルケスを語り合う二人の会話から。

 

 

 

昨日発売したばかりだから具体的な内容について書くつもりはないけども久しぶりの長編の新作を文字通り貪り読んだから記念に書いておこう。

そしてどっぷり村上春樹の世界に入った直後だから言い回しを真似しちゃうかもしれないし、そうでないかもしれない。あるいは。(←こんな風にね)

 

村上春樹は好きな作家だ。というのを長い間恥ずかしいと思ってたの。過去作も何度もボロボロになるまで読んで新作が出ると、このように発売日に購入し夜通し読む相当熱心な読者であるのに、旦那氏に「ほんまに村上春樹好きやなぁ」って言われる度に顔を真っ赤にして、はぁ?全然好きじゃない。と本気で恥じて怒ってた。

 

何故なら彼の本は全くすべて全部

私のためだけに書いてるから。

私のための物語だから。

 

私の事を書いてるんじゃなくて、私のための物語。

一文字でも読むと、深い井戸の底に座って物語の周波数にがっちりリンクする。

今作でもほらやっぱり私のための物語だとちゃんと証明できるいくつもの事実があるんだけどここで羅列したとて文字にしたとたん薄っぺらくなるし誰も分からないんだからしない。

 

こう書くとスティーブンキングのミザリーのようで狂気を感じさせてしまうかもしれないんだけど、どうやらそう信じて読んでる読者はものすごい数のようだし、事実村上春樹もそういうようなことを言うてたような気がする。曖昧なんだけど、私のための物語であることは確実なんだから事実はどうでもいい。

だからこそこんな風に新作が出る度たくさんのひとを熱狂させることができる稀有な作家なんだろうと思う。

 

もう今では好きだという事を恥ずかしいとは思わないし、新作が出ると必ず買う唯一の生きている小説家。

 

ちなみにそういった熱狂的な村上春樹ファンをハルキストなんて言うの、すごください。まず語感がなんか嫌いだし、ハルキストじゃないから。わたし。それは絶対違うから。

 

ノーベル文学賞をとるとらないで毎回盛り上がってるけど、とるわけないやん。って毎回思う。

だって、私のための物語やのにそんなんノーベル賞とか変なの。もっというなら何故みんな私のための物語を読んでるんだろう?って不思議にすら思ってる。

 

 

まぁ、そんな熱狂的なファンの話はおいといて、

今作は世界の終わりとハードボイルドワンダーランドのお話の仲間。

壁に囲まれた一角獣のいる街、そこにはわたしももう何度も行ったから行き過ぎて退屈すら感じる。そもそも退屈で寂しい場所。

 

冬の間にぱたぱた死んでいく獣

尽きる事ない夢を読む

そして春がきてまた再生する獣

じっと私も見てたし、また見にくる。

なたね油で焼かれて細い煙が立つのをじっと見る。

見るのがきっと私の仕事なんだろうな。そしてわたしの夢を楕円の中に詰める時が来るんだと確信してる。

(ハードボイルドワンダーランドの方ではそれは一角獣の頭蓋骨に詰めていたような覚えがあるんだけど記憶違いかな?まぁそんなことどうでもいいか。私は頭蓋骨に詰めるのかもしれないし)

 

 

 

ああそういえば私の生まれた曜日は土曜日。

あの童話によると土曜日生まれの子供は生きていく中で苦労が多いんだって。

全く苦労してない人生だし、日常を夢と現実の境目でふわふわと生きているんだけど、もしかすると苦労を感じないように生まれてきたのかもしれない。すぐにあの壁の中に逃げ込むからかな。形を変える不確かな壁の中に。